丸進一行 やじきた広島(珍)紀行

平成27年11月某日 我々、丸進不動産は広島へ小旅行に行ってきました。

うーん、「広島の歴史を学ぶ」みたいなものですか。遊び半分、勉強半分。

 

今回のこの(珍道中)旅をガイドする事となった「宮島広子」さんです。

とても有能なガイドさんだと聞いております。

とくに、遅刻者もなく無事に新横浜駅を出発しました。

車内は和気藹々。本を読むもの、酒を浴びるもの、お喋りするもの、寝るもの。

あっという間の約三時間半で、広島に到着しました。

 (新幹線・・・、なぜ顔を撮れなかったのか・・・残念。)

 丸進一味、広島へ見参!!(まだまだ、パワーはあるようですねこの足どり)

 早速、お昼ごはんへ。

繁華街にある お好み焼き村、 「久ちゃん」へ。

ビル全体がお好み焼き屋です。何店舗もひしめき合っています。

 店主も、観光客相手だから、手返しが良い!9人いようと

パパっと作っちゃう!

 写真にはありませんが、この上に「牡蠣」が乗っているものも

あるのです。さすがご当地ソウルフード。美味しかったです。

 腹ごしらえもすみ、

 その足で、広島の原爆ドームへ向かう際中、路面電車等

が走っておりました。いいですねぇ、路面電車。

そして 原爆ドームへ。

すでに、公園自体紅葉がすすんでおり、とてもきれいに整備もされて

いました。

 

 

 ところどころ補修されておりますが、建築から約100年もよくも残っています。

 原爆の投下ポイントです。

 この上空約600メートルで爆破。

約5.6㌔を一瞬にして灼熱・劫火・爆風により焼け野原の廃墟にしました。

 やけどを負った人々はこの川に水を求め、はっていったという…

想像も絶する地獄絵図。

 

 ボランティアの方々が当時の状況を子供達に語っていました。

こういうことは思想抜きにして大事なことですよね。

いまは、戦争を語ることのできる方が90を超えています。

(戦争中の体験ではなく、実際に戦場へ赴いている方々です。

よく死んだ祖父が東南アジアフィリピンミンダナオ島の話をしていました。

今では、もっとしっかり聞いておけばよかったと後悔しています。

ああ、派手な話は耳にタコができるほど聞きましたよ(笑) )

 

 

 

 

 

 

 

 

あら、ほほえましい2ショット。どこかの老夫婦かしらね。

 

次は原爆資料館へ

 手のひらかざすとなんか「白い巨塔」のオープニングみたい・・・

 この、資料館では、外人さんがとかく目にとまりました。

何があったかを知る事、これ大事なんですよね。

 

よく焼け野原の中に原爆ドームだけが写っている写真を見かけますが、

実は爆心地にほど近いところでドーム以外にも残っている建築物がありました。

それは、日本人が建設した銀行や百貨店だそうです。

ちなみに原爆ドームの設計は外人さんだそうです。

日本人てすごい。

 

 海上自衛隊呉資料館 てつのくじら館へ

 あっ、す、すごい。大迫力。「あっ、圧倒的じゃないか」

Uボート?沈黙の艦隊?

ブルーノア?レッドオクトーバー?

霧の艦隊?

 カモメの水兵さん。手旗信号で一味を誘導中です。

この潜水艦。資料館でもあり、中に入ることもできました。

クルーの寝床の狭さにおどろきです。

 

そして道路挟んで隣には

松本零士監修 宇宙戦艦ヤマトミュージアムにいきました。

いいなあ、ヤマト。いざ、イスカンダルへ。

「手を振る人に笑顔でこたえ」

「はるばるのぞむ」

かっこいい燃える歌詞だ。ささきいさお最高だ!

うーん、しかし、このヤマト、波動砲がありませんね。

仮装中?偽装中?そうか、アニメでも偽装していたぞ。

 あれ、翼もありませんねぇ??

船底もちがうなぁ。

甲板が茶色いぞ???

艦の後方に4つのエンジンもない!

 あっ、宇宙戦艦ヤマトではなかった!!!

どうも、沖田艦長も、古代も島も、もりゆきも見ないわけだ。

ここは戦艦大和ミュージアムだった!!

 てことは、これはコスモタイガーではなくて・・・

もしかしてこのプロペラ!

 やはり、ゼロ戦ですね、コスモタイガーにはプロペラなかったわ。

 

夜は、広島郷土料理のお店へ。

みんな熱く語っておりますね!

 

これは、「不味い」という顔ではありません。

はじめて口にする牡蠣を、おそるおそる口にほうばる瞬間を

とっただけです。

【このあと、スタッフが美味しくいただきました】

 いえいえ、ホントに美味しかったです。

 

翌朝、丸進一味は今回の旅の目的地。

安芸の宮島へ。あいにくの雨でした。

10分間隔で フェリー発着です。

 清盛公が何をしたかったのか見に行こうではないか!

 ちょっと、みなさん、疲れ顔をしてますね。昨日そんなに

夜遊びをしていたのですか?

  にもかかわらず、この方は元気いっぱい。

向かいのフェリー客に手を振り、強引に手を振らせています。

すげえ人だ、広田島子。

私は、皆が宮島の鳥居に目がいっていたときに一人だけ

この牡蠣棚に目がいっていました。

(この周りで釣り出来たら、鯛や根魚がいっぱい釣れるだろうなーと)

 

何艘も往復船が走っていますので、

 ほんの5分10分ですぐに宮島です。

 ついたそばから、それらしい建物がお出迎え。

さすが、世界遺産!

ただの売店兼発着場なのに…

 

 間違われる、源平合戦と厳島合戦。昔は毛利のものですのでねぇ。

 

 

 鳥居とともに一味の集合写真。あ、一人いない・・・、だれが

撮っているのかなぁ。

 ちょうど、引き潮でした。

昔の人はよくこんなものをつくったものですよ。

千年も前にですからね~。どれだけ、土台に石をひきしめているんだ?

 湖上の城とか要塞とか、鳥居とか・・・雰囲気あっていいですね。

 満潮時もどうなっているのか見たいなあ。

大潮の日、また来たいなあ。

 (ガイドさんいわく、満潮時床は水浸しになるそうです。)

 入口でお参り。

 

 平日なのに、大変込み合っています。

外国人もおおくおりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

これは、高潮、台風などで壊されていったものの補修後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体は90度にまでまげ(頭を下げ)

二礼二拍手一礼

です。

むかし、野村萬斎が奉納能楽を行ったところ…

しかし、台風により神殿小破。修理中とのこと・・・。

おまけに暗くてよく見えませんね。

 

 

とくに、何のいわれのない松。

 かっこいいので撮りました。

 

 ここがでぐち。戻る事は出来ません。

霧の為にさらに荘厳な建物に感じました。

雨は嫌ですが、雰囲気は、私は三割増しでした。

 

売店に「広島コーラ」が売っていました。

瀬戸内海ですから、やはり柑橘が特産の一つです。

このコーラは柑橘類が絞られおります。

昔のJO〇〇コーラみたいな味だなあ。

 お昼、この2日間、よくたべた牡蠣の喰いおさめ!

雨の宮島をあとにし、このまま広島駅へ。

 

それぞれがお土産をホームで購入し広島を後にしました。

新横浜には定刻通り無事につき、そこで皆解散。

皆さん2日間お疲れ様でした。

 

でも、私は・・・

折角、新横浜に来たのですから、ラーメン博物館により

全部で4店舗、喰いおさめしています。